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秋田地方裁判所 昭和35年(ワ)261号 判決

判  決

秋田市土手長町上町一番地

原告

秋田市

右代表者市長

川口大助

右訴訟代理人弁護士

古沢斐

古沢彦造

秋田市川尻町川口境六五番地

被告

秋田製鋼株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

村川謙雄

里見馬城夫

東京都杉並区井萩二丁目二番地

被告

右訴訟代理人弁護士

村川謙雄

右当事者間の昭和三五年(ワ)第二六一号土地所有権移転登記手続並に抵当権設定登記抹消登記手続請求訴訟事件について、当裁判所は昭和三七年二月一九日に終結した口頭弁論にもとづいて、次のとおり判決する。

主文

被告秋田製鋼株式会社は原告に対し別紙目録第一表示の土地については昭和二四年四月二六日附売買を原因とし、同目録第二表示の土地については、昭和二七年六月一九日附売買を原因とし、同目録第三表示の土地については、昭和二七年五月二一日附贈与を原因として、各所有権移転登記手続をせよ。

被告Xは原告に対し、別紙目録第一表示の土地の内(一)(二)の土地、同目録第二及び同目録第三表示の各土地について昭和三四年一二月二四日秋田地方法務局新屋出張所受附第一五五三号を以てした別紙目録第四表示の抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は被告等の連帯負担とする。

事実

(請求の趣旨)

主文同旨の判決を求める。

(請求原因)

(一)  原告の本件土地所有権取得の経緯

(1)  別紙目録第一表示の土地について

別紙目録第一表示の土地は、昭和二三年一一月一二日日新中学校独立校舎設置期成同盟会(会長黒丸五郎)が、他の三筆の土地とともに右中学校の敷地に供する目的で原告に取得させるために所有者たる被告秋田製鋼株式会社(以下被告会社という)から代金五六一、八一六円で買受ける契約(すなわち第三者たる原告のためにする売買契約)を締結し、同年一二月三一日原告が右同盟会及び被告会社に対し採納通知をすることにより受益の意思表示をし、昭和二四年四月二六日右同盟会が代金を支払い、原告がその所有権を取得したものである。なお原告は右採納通知と同時に被告会社から右土地の引渡を受け、校舎を建築し、今日にいたるまで学校敷地として使用している。

(2)  別紙目録第二表示の土地について

別紙目録第二表示の土地は、昭和二七年頃右日新中学校の雨天体操場新築の必要に迫られその敷地に充てるため同年六月一九日原告が所有者たる被告から直接代金五二、五〇〇円で買受ける契約を締結し、翌同月二〇日代金支払と引換にその引渡を受け、その所有権を取得したものである。

(3)  別紙目録第三表示の土地について、

別紙目録第三表示の土地は、昭和二三年頃訴外新屋振興会が秋田市常備消防部第三分遣所の建設費の寄附募集をした際に、所有者たる被告会社が右振興会を介して消防署建築用地として寄附し、引渡を終つた約六〇〇坪の土地の一部であり、原告はその上に消防署を建設し今日にいたつているものであるが、昭和二七年頃右土地に関する寄附採納の手続がなされていないことが発見されたので、被告会社と折衝の結果、同年五月二一日改めて正式に被告会社から原告に対し寄附採納の申出がなされ、原告は同月二七日被告会社に対し採納の通知をし、これによりその所有権を取得したものである。

原告は、右に述べた経過により、別紙目録第一乃至第三表示の土地を、所有者たる被告会社から譲り受け、その所有権を取得したのであるが、種々の事情により所有権移転登記手続が遅れているうちに、被告会社は経営不振に陥り、その後社長に就任した現代表者Aは、前記の経過を無視し、原告に対し何の根拠もなく金三、〇〇〇、〇〇〇円の支払を要求して、所有権移転登記手続を拒んでいるため、右不動産の登記名義は依然被告会社にある。

(二)  架空の債権にもとづく抵当権設定登記

その後昭和三四年一二月二四日別紙目録第一の(一)(二)、第二、第三表示の各土地について、被告Xを債権者とする主文第二項記載の抵当権設定登記手続がなされた。しかしそれは被告会社代表者Aと被告Xが通謀して、原告に対し前記金員を要求するために、架空の債権について抵当権設定登記したものであるから無効である。

(三)  よつて、原告は所有権にもとづいて、被告会社に対し主文第一項記載のとおりの所有権移転登記手続を求め、被告Xに対し同第二項記載のとおりの抵当権設定登記抹消登記手続を求める。

(請求の趣旨に対する被告らの答弁)

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求める。

(請求原因に対する被告らの答弁)

別紙目録第一乃至第三表示の土地が被告会社の所有であつて、被告会社が登記名義を有すること及び主文第二項記載の抵当権設定登記がなされたことは認めるがその余の主張事実は争う。

被告会社は被告Xから、昭和三一年八月二八日金五〇〇、〇〇〇円、同年一〇月一日金八〇〇、〇〇〇円昭和三二年一月二八日金一〇〇、〇〇〇円、同年四月一〇日金八〇〇、〇〇〇円、昭和三三年四月三〇日金三〇〇、〇〇〇円、同年一〇月一日金六〇〇、〇〇〇円、合計金四〇〇〇、〇〇〇円を借り受けていたところ、返済できなかつたので、昭和三四年一二月七日、東京法務局所属公証人佐伯俊三作成の同年第五七号準消費貸借契約公正証書を以て、右の借入金四〇〇〇、〇〇〇円に利息及び損害金一、五〇〇、〇〇〇円を加算し元本を五、五〇〇、〇〇〇円とする準消費貸借契約を締結し、これを被担保債権として主文第二項記載の抵当権設定契約をしてその旨の登記を経たものであるから、右抵当権設定登記は決して架空なものではない。従つて、仮に原告主張のとおり原告が別紙目録第一乃至第三表示の土地について所有権を取得したとしても、その所有権移転登記を経ていない以上、第三者たる被告に対抗できない。

(証拠関係)<省略>

理由

被告会社が別紙目録第一乃至第三表示の土地を所有していたこと及びその登記名義が被告会社にあることならびに原告主張のとおり抵当権設定登記がなされたことは当事者間に争いがない。

そして、(証拠)を綜合すると、原告主張の請求原因(一)記載のとおりの経過により、原告が被告会社から別紙目録第一乃至第三記載の土地を譲り受け、その所有権を取得したことが認められる。従つて、被告会社は原告に対し、主文第一項記載のとおりの所有権移転登記手続をする義務がある。

次に、原告は、別紙目録第四記載の債権は架空のものであると主張し、被告等はこの主張事実を否認するので、この点について考えるに、(証拠)を綜合すると、被告Xが、昭和三一年八月二八日から昭和三三年一〇月一日までの間六回にわたり、被告会社の現代表者Aに対し合計金四、〇〇〇、〇〇〇円を貸付けた事実は認められるのであるが、右乙第一乃至三号証の各一、二は、甲第一四乃至第一六号証の各一、二と対比し、その体裁から観察し且つ被告会社代表者本人尋問の結果に照しても、被告会社の正規の帳簿とは認められずA個人のメモ帳と認めるのが相当であること、成立に争いない乙第五号証の二によればAが被告会社の代表取締役に就任したのは、昭和三一年一二月二七日であるから、右貸付金中一、三〇〇、〇〇〇円は、Aが被告会社の代表者となる前に貸付けられたことが明らかであること及び被告会社代表者本人尋問の結果により成立を認められる甲第九号証の四(被告会社の更生手続開始の申立書中の担保権者及び債権者名簿)の中にも被告Xの債権の記載がないことを考え合わせると右貸付金は、個人に対する貸付金であつて、被告会社に対する貸付金ではなかつたものと推認され、(中略)他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

もつとも、成立に争いない丙第一号証(準消費貸借契約公正証書)によれば被告会社が昭和三四年一二月七日準消費貸借の形式によりAの右債務を引受けたものと見られないでもないが、代表取締役の個人債務を会社が引受け担保を供するためには、民法第五七条商法第二六五条により取締役会の承認を要するものと解すべきところその承認がなされたことを認むべき証拠はないのであるから、そのような債務引受は無効である。

そうすると、いずれにしても右公正証書による準消費貸借契約は目的たる旧債権を欠くことになるから無効である。従つて主文第二項記載の抵当権設定登記は被担保債権を欠くものとして、抹消を免れない。(無効登記の抹消を求めるについては、対抗の問題を生じない)

仮に、被告会社が、被告Xに対し何らかの意味において債務を負うものとしても、被告X本人尋問の結果によれば、同被告が抵当権を設定した土地の内六筆は登記簿上「学校敷地」と明記されていて、しかも同被告は右抵当権設定登記以前にこれを了知していたことが認められ、又同被告は右抵当設定と同時頃に同被告が代物弁済として被告会社から取得した秋田市新屋町字大川端二二五番宅地一〇二坪(成立に争いない甲第二〇号証)についての尋問に対し、「だから申し上げたのは旅費として五〇万円くらいいるから、それぐらいの品物がないかと言つたら、こんなものがあるけれどもと言つたから、旅費として五〇万円やそこらしかという意味でやつたというふうに考えているんです。」と答え、続いて旅費というのは。」という問に対し、「こつちに来るんです。この事件の。」と答え、更に、「だれの旅費ですか。」という問に対し、「私らそれから村川君です。」(以上速記録による)と答えているところから見ると被告Xは右抵当権設定登記の当時すでに本件のような紛争が起ることを予想していたことが充分うかがわれ、しかも被告会社代表者と被告Xが極めて親密な関係にあることは、同人ら本人尋問の結果により明らかであるので、これらの事実を綜合すると、同被告は、右抵当権設定当時すでに別紙目録第一乃至第三表示の土地が秋田市に譲渡され市有財産となつていたことを知つていたものと推認するのが相当であつて、被告X及び被告会社代表者各本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信できない。もちろん、不動産物権変動は、登記なくして第三者に対抗し得ず、しかもその場合第三者の善意悪意を問わないのであるが、それは悪意者の行為が社会通念の容認する正常な自由競争の枠内にあるかぎり、これを善意者とひとしく取扱つて、登記の劃一性を保ち、取引の安全をはかる趣旨にほかならない。本件において見られるとおり、現在学校及び消防署の敷地となつている公有財産たる土地に、それと知りながら、所有権移転登記の未済なるを奇貨とし、抵当権を設定して競売に附する如き行為は、常識の範囲をはるかに逸脱するものであつて、民法第一条、第一項の趣旨にも反し、到底正常な自由競争の枠内にある行為とは認めがたい。もちろん、市有財産について長期にわたつて登記手続をなおざりにしていた秋田市当局者の職務怠慢の責任は重大であるが、それは、少しも被告らの右行為を正当化するものではない。従つて被告里見は、原告に対し登記の欠を主張する正当な利益を有しない者であるから、被告らの間に締結された前記抵当権設定契約は、少くとも原告との関係においては無効である。

以上いずれの理由によつても、主文第二項記載の抵当権設定登記は、登記原因を欠くことになるから、原告の請求中所有権にもとずきその抹消登記手続を求める部分も正当である。

よつて原告の本訴請求は全部正当であるから、これを認容し、訴訟費用について民事訴訟法第八九条第一項を適用して、主文のとおり判決する。

秋田地方裁判所民事部

裁判長裁判官 渡 辺  均

裁判官 浜  秀 和

裁判官 高 木  実

目録(第一ないし第四)<省略>

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